アキラは人生を諦めない!!

古き良き文化・わびさびを痛感する話|私がおばさんになっても。

time 2018/06/06

最近はスマホを持っている人が非常に多くて、ここ数年で私の常識が置き去りになったような気がします。

私に子供はいませんが、もし小学生くらいの子供がいたとして「スマホが欲しい」と言われたら、買い与えるのが正解なんだろうか…。

そういう意味では、他のママ友にも相談できるような存在の人を作らなきゃならないんじゃないかとか、なんだか億劫な気も。

 

そんな私が先日、ネットサーフィンをしていたら「好きな人に送ったLINEが既読にならない」という悩みを持っている女子中学生がいました。

時代が違うとこうも違うものなんですね。

私の時代は携帯電話はまだ三和音とかで、全員が全員持っているというものでも無かったように思います。

私は高校の入学祝いで、当時デジタルツーカ(ボーダフォン?)の携帯を買ってもらいましたが、周りの子がみんなピッチ(PHS)だったので、ちょっと浮いていたのを覚えています。

 

だから中学生ながらにしてスマホでLINEを使いこなしているっていう文化に唖然としてしまうわけですが、こういうのを見ると「便利になることが必ずしも良いとは限らない」ということを痛感しますね。

これこそ私が年をとった証なのかもしれませんが、LINEというのはどうもわびさびに欠ける部分があるような気がするんです。

 

今の若い子たちには理解できないでしょうが、私が中学生くらいの頃は普通に相手のお家に電話をかけていたので、誰が出るかわからないという緊張感もスパイスになっていたんですよ。

例えば好きな男の子に電話をかけて、緊張してるじゃないですか?もう出た瞬間に要件を喋るんだけど、喋り終わった後で「俺、兄貴なんだけど…」とか結構ありましたから。

それを良かったとは思わないし、当時の私も直通の連絡手段があったら間違いなくそれを選ぶと思うんです。

でも、なんか違うなぁって最近思うようになりました。

 

あまり比較することではありませんが、例えば子供を産むとき、一切の痛みを感じないとしたら?

医学が進歩していけば、そのうち実現しそうですよね。下手すると、現時点で実現しているのかも。

 

そのシステムを利用する人を否定する気は毛頭ありませんが、もし私が子供を産む際は、お腹を痛めて産みたいという気持ちがあります。

便利とか合理的って言葉ばかりを追いかけすぎると、大切な何かを失っちゃうんじゃないかって思いました。

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